時空間コンピューティング・グループの研究紹介

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研究内容

本研究グループでは,次の4つの研究を行ってます.

  1. エラスティック・マップの研究
  2. 4Dデスクトップ・システムの研究
  3. 異種地図・異種位置センサを統合利用する 拡張現実感アプリケーション群の統一的実行システムの研究
  4. ドキュメント・データベースを対象とした時空間的検索システムの研究


(1) エラスティック・マップの研究


 葛飾北斎の 「 東海道名所一覧」 や歌川芳虎の「 東海道名所図会」 のように,江戸時代の 浮世絵には広い地域を鳥瞰図的に描いた絵図があります.これらの絵図は,美しいアート であるだけでなく,一覧性と視認性に優れた地図になっています.たとえば,「東海道名所 一覧」では,限られた画面の中に江戸から京都までの広範な地域を見事に納めています. 各地域の位置関係が分かるように全体が描画されているだけでなく,特定の地域について は,宿場の様子や名所旧跡,橋や家屋まで細かく記述されています.全体の様子がコンパ クトにまとめられていて,なおかつ興味あるところだけが詳細に記述されているので,一 覧性に優れた地図となっています.「北斎の絵図のような地図をコンピュータで自動的に作 れるようにしたい」という思いが,この研究の動機づけとなっています.

 私たちは,伸縮自在の地図(エラスティックマップ)が,北斎の絵図のような地図を作 り出す第一歩になるのではないかと考えました.エラスティックマップでは,1枚の地図画 面の中で,全体を眺めながら興味ある所を広げて詳細にしたり,画面の外側から興味ある 所を手繰り寄せて画面に加えたりできるようにします.これにより,一覧性に優れ,かつ 興味ある所の周辺が詳細で分かり易く描かれた地図を作れるようにします.1枚の地図の 中に広がった部分と縮まった部分ができるので,距離に関しては地図の正確さは失われて しまいますが,表示を工夫することにより一覧性と視認性に優れた地図を作り出せるので はないかと考えています.

 本研究では,具体的に,数値地図を建物や道路などの基本的なオブジェクトに 分解し,ユーザの利用目的や興味対象等に応じてそれらを再合成する システムの実現を進めていま す.

 提案システムの主要な特徴は次の 2点にあります.

  1. 空間の連続性を保った任意のゆがみを統一的に記述可能な空間フィルタ を実現していること
  2. 空間の変形に応じたオブジェクトの合成制御機構を実現していること
    このシステムによって虫眼鏡や手繰り寄せなどによる,ユーザの状況に対応 したゆがみのある地図の再合成が可能になります.

地図に虫眼鏡を適用した例 地図の右上を手繰り寄せた例


(2) 4Dデスクトップ・システムの研究


現在の主要な情報検索システムは利用者が与えたキーワードを含むデータを検索 するので利用者が検索対象についてある程度内容について知っている必要がある わけですが,我々の日常生活において情報検索が必要な場面すべてにその方式を 適用できるわけではありません.そしてその典型的な例として,検索対象の配置 時刻や配置場所の記憶に基づいた検索が考えられます.

本プロジェクトでは検索対象データの配置された時刻や場所に基づいた検索方式 を実現に当り,机の上に積み上げられていく書類の時刻や場所に基づいて書類を 探すことを目的とした情報検索システムに関する研究を行います.

このシステムの実現によって例えば次のようなことが実現できると考えています.

  1. 3日前の朝,机のこの辺りに置いてあった書類を探す.
  2. 書類の山の断面をみる.
  3. 机の上の状態を過去の時点に戻して再現する.
  4. 机の上にある,この山の中にどんな書類が積まれているのかについてのサマリを生成する.

テーマ:
(2.1) 4Dデスクトップ・システムの研究
本研究ではコンピュータ・システムにおいて4Dデスクトップを実現することを 目的とします.具体的には机につまれた書類の変化をコンピュータ・システム で扱うためのモデリング手法,ならびに,机の上の書類の変化をTVカメラによ って自動的に収集しコンピュータ・システムに格納するための方式について研 究します.

現在,時空間上の事物の変化をコンピュータ・システムで扱うための方法は確 立されておらず,4Dデスクトップに関する研究はそのような時空間上の物の変 化をコンピュータ・システムで扱うための基盤研究として位置づけられます. 本研究では具体的に次の課題を対象とします.

  1. TVカメラを用いて机の上の時空間的変化を認識するための方式に関する研究
  2. 内容による実オブジェクトの配置位置検索方式に関する研究 (1)で認識した実オブジェクトの配置位置を実オブジェクトの内容によって検索する ための方式を実現します. 具体的には,実オブジェクトを書類とし,与えられたキーワードと内容が類似して いる実オブジェクトの配置位置を検索するためのシステムの実現を目指します. その実現方式の特徴は,タグ・センサを用いている点にあります.
  3. 4Dデスクトップにおける検索インタフェースに関する研究 ここでは4Dデスクトップを4D仮想空間として実現し,4Dデスクトップ上の検 索操作を4D仮想空間の回転・(遠近感を考慮した)拡大縮小・切断操作として 実現するための方法に関する研究を行います.

 

 
4Dデスクトップ・システムの構成図   内容に基づく実オブジェクトの配置位置検索システム  

(2.2) 机の上の書類に関する時空間的検索方式に関する研究
時空間上では重なっていない事物群も,ある角度から見たときは重なっているように 見えるということが一般的であるように,時空間上の事物間の重複関係(重なって見 えるかどうかを表す事物間の関係)は視点に応じて本質的にダイナミックに変化する のが一般的です. しかし,従来の時空間データ検索方式は検索対象となる時空間を固定し,その上の事 物間の重複関係に基づいた検索方式として位置づけられ,4Dデスクトップの要求を十 分に満たしているとは言えません.

そこで本研究では,時空間そのものの回転・遠近感を考慮した時空間データ検索方式 を実現する.ここで時空間そのものの回転は利用者の検索文脈に対応するので,「文 脈認識を伴う時空間的検索方式」の研究として位置づけられます.

本研究では具体的に次の課題を対象とします.

  1. 時空間の回転を考慮した時空間データ検索方式
  2. 遠近感を考慮した時空間データ検索方式
  3. (1)と(2)を統合した時空間データ検索方式

(2.3) 4Dデスクトップ・メタファによるデータ検索(利用者は机の上につまれたものから 欲しいものを探す感覚で情報検索すること)手法に関する研究
4Dデスクトップは机の上の物探し感覚でデータ検索を行うことを可能にします.ここで は,この4Dデスクトップの特徴を一般の情報検索インタフェースに適用するための方法 に関する研究を行います.具体的には,インターネットなどの広域ネットワーク上に分 散配置されているデータベース群に対する検索・統合を4Dデスクトップ上の操作によっ て行うための方法に関する研究を行います.

(2.4) 4Dデスクトップ・サマリ生成に関する研究
ある所有者の4Dデスクトップに対して,その所有者と異なる探索者に書類を探して もらう場合,探索者に所有者の書類の配置傾向などを与えることによって迅速な検 索が達成されると考えられます.ここでは4Dデスクトップに関する書類の配置履歴 や操作履歴に対するデータマイニングを行うことによって,所有者の傾向の抽出や 4Dデスクトップのサマリを生成するための方式に関する研究を行います.


(3) 異種地図・異種位置センサを統合利用する 拡張現実感アプリケーション群の統一的実行システムの研究


拡張現実感は,情報技術により実世界とサイバー世界を結び付けて, 実世界を拡張し,我々の活動を助けるものです. 本研究で実現するシステムは,車での活動,徒歩での屋外活動,屋内での活動など, 異なる場での活動毎に個別に実現されていた従来の拡張現実感アプリケーション に加え,異なる場での活動群を連続的な活動として捉える拡張現実感アプリケー ションの実行を可能にするためのシステムとして位置づけられます.

本研究で実現するシステムによって,例えば,車椅子での移動に対する ナビゲーションでは,下図に示すように,道路を移動中は,市町村等が提供する 市街地のバリアフリーマップを使って案内し, 建物に入ると,その建物の管理者が提供する 詳細なフロアマップを使って目的の部屋に案内する, さらに,部屋の中では部屋の間取り図に従って案内することが可能になります. このような活動の場に境目のない拡張現実感アプリケーション が実現されると,福祉をはじめ,災害時の救済,情報弱者のためのサイバー 世界の操作インタフェースなど,現在,社会的に重要とされている種々の ツール群を提供することが可能になります.

 
拡張現実感アプリケーションの例: 車椅子での移動に対するナビゲーション  


GPSなどの位置情報センサと携帯端末等を用いた位置情報に基づく従来の拡 張現実感アプリケーションでは,それぞれの活動の場を定めて,その場に必 要な地図を用意し,センサと地図を結びつけるプログラムを個別に開発しています. これまで,それらの開発者は,位置センサと地図のデータ形式を詳細に調べて, 位置に依存した処理のプログラムを生成してきた.様々な位置センサが開発され, それぞれ操作系やデータ形式が異なり,さらに対応する地図も異なる場合もあり, その開発に要するオーバヘッドは大きくなっています. さらに,活動が屋外と屋内など複数の場に渡る場合には,そのオーバヘッドは非 常に大きく,拡張現実アプリケーション開発を困難なものになります.

本研究の目的は,このような位置情報処理において,複数の異種位置センサと 多様な地図を要する場合でも,位置情報に基づく拡張現実感アプリケーション の開発が容易になるような基盤ソフトウェアの構成法を提示するすることです. 具体的には,次の機能を実現し評価することによって,標準空間を介して異種位置 センサと多様な地図を有機的に結合した位置情報処理方式を明らかにします.

  1. 異種位置センサの統合機能:位置センサに対する標準操作系を定義し,活動の 場に固有な位置センサの操作系と標準操作系とを対応づけるための機能
  2. 異種地図の統合機能:すべての地図が写像可能な標準空間を定義し,広域地図, 構内地図,フロア地図,間取り図など,活動の場に固有な地図から標準空間への 座標変換機能
  3. メディエータ機能:標準空間における位置座標に関する条件判定(特定の領域 内へ進入したかなどの判定)の結果通知機能,および,座標に応じて利用する位置セ ンサと地図を自動的に切り替える機能
  4. 拡張現実アプリケーションの要求レベルと開発者の知識・技能レベルのギャップ を埋めるための機能: 開発者の持つセンサや地図に関する知識・操作技能は,その拡張現実アプリケーショ ンの構築に必要な知識・技能と異なっています.この機能は,不足している開発者の知 識・操作技能を補完して,その拡張現実アプリケーションの開発を可能にするものです.


 

 
屋外用位置取得センサ(GPS)   屋内用位置取得センサ(手押し車)  

(4) ドキュメント・データベースを対象とした時空間的検索システムの研究


この研究では,ドキュメント・データに表される時空間表現(時刻や地名を表す表現) を自動抽出し,抽出された時空間表現を対象とした検索機能を実現することによって, ドキュメント・データを時空間的に検索するためのシステムの研究を行っています.

日常生活において,人が物を探す場合には,その物についての内容だけでなく,「物 をどこに置いた,物をいつ置いた,その人が何々をしているときにどこそこに置いた」 などのように,探す対象についての時空間上の位置や時刻からその対象を探すことが 非常に多いです.しかし,現在のコンピュータ・ネットワーク上に蓄積されたドキュメン ト・データに対する主要な検索機能としてドキュメント・データの内容に関する検索 機能(Googleに代表される主要なサーチエンジンは皆この機能を持つドキュメント・ データ検索システムとして実現されている.)のみが実現されているに過ぎません. 本研究は,現在実現されていないドキュメント・データに含まれる時空間表現を対象と してドキュメント・データを検索するためのシステムの実現を目指しています.

本研究で実現するシステムの特徴は,ドキュメント・データに高い適用性を有する 時空間的関連性評価機能(2つの時間表現が未来・過去にあるかどうか,2つの空 間表現が重なっているか,500メートル以内にあるかなどの関連性を求めるた めの機能)[1,2]を実現し,その機能をもちいてドキュメント・データ群を検索するた めのメカニズムを実現することにあります.

従来の時空間的等価性評価方式は,緯度経度などの座標表現を検索対象としてい ました. しかし,ドキュメント・データに含まれる時空間表現は前置詞などの時空間上 の位置を特定するための言語表現と地名などの緯度経度で表現可能な言語表現 から構成されています. 我々は,この表現を等価な座標表現に置き換えることが困難であること (すなわち,従来方式には適用できないこと)に着目し,そのような時 空間表現を対象とした時空間的等価性評価方式を実現しました. この方式は,従来方式と比較してドキュメント・データに対する適用性が 高いので,ドキュメント・データに含まれる座標表現に従来方式を適用す る方式と比較して本研究で実現するドキュメント・データ検索システムの 検索精度が高くなることが期待できます.


参考文献:
  • [1] 細川宜秀, 清木康: 文脈認識をともなった時空間的関連性評価方式, 情報処理学会論文誌:データベース, Vol.43, No.SIG 5(TOD14), pp.118--133 (2002).
  • [2] Hosokawa, Y. and Yasushi Kiyoki, Y.: "A Computational Method of Spatial and Temporal Equivalence with Context Recognition Functions for Document Database," Information Modelling and Knowledge Bases (IOS Press), Vol. 15, pp.161--177 (2004).